6月25日の湯野浜の夕日
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お彼岸も今日でお終い。
長かった一週間が過ぎました。
ここいら辺でも百万遍念仏という「しきたり」が至るところで残っているが、私の集落でも随分と簡素化されて終い彼岸の今日、私の寺で執り行われた。
念仏と言うことで、阿弥陀信仰の浄土系で、私の所の禅宗(曹洞宗)とは関わりがないのだが、いつの頃からか判らないが、終い彼岸に私の所で行われるようになった。
私たちが子供の頃、昭和三十年代は村の端々で行われていたし、入り彼岸、中彼岸、終い彼岸と、三日間行われていたと記憶する。
生活様式が変わってくれば「しきたり」にも変化が出てきても致し方無いんだろう。
未だこの地域は「しきたり」が根強く残っている方だと思う。
葬儀の裏方を務める「荼毘手伝い」とか、葬儀の逮夜や初七日から忌明けまで一週毎に執り行われる念仏なんてのは、直ぐ近くの集落では既に無くなってしまっているって所もある。如常生活が大事だから、葬儀の手伝いを会社を休んでまでするのは止そうって事だと聞く。
村八分って言葉があるが、村のおきてに従わない者に対し村民全体が申し合わせてその家と絶交することだが、火事と葬式の二つを例外とするって事で八分な訳だ。
バブル期の残したものってこの「しきたり」の崩壊だと思う。
例外が例外じゃ無くなるって人付き合いの退化だ。スローライフで人付き合いの復活を願いたいものだ。
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八時十五分から始まる朝の連続テレビドラマ「芋たこなんきん」をみられる時間に帰宅。
最近このドラマに嵌ってる、原作者の田辺聖子の自伝ってことだが、その田辺聖子の本当の人生の生き方って番組もやっていて、比較してみると大変興味深い。
悟っているとかじゃなくて、人生の大局観ってのかな、田辺さんは凄いと思う。午前中はパソコンの勉強。
WindowsVistaってのが発売になるこの30日。
昔、win95が発売になったその日は夜の0時に並んで買って、その夜のうちにインストールしたものだが、今はそこまで元気がない。っていうか当時はパソコンで仕事をしてるって感性はあまりなかったから、今まで使っていたソフトが動かなかったらどうしようかって心配は殆ど無い。新しいパソコンの世界が楽しみってな所で早速のインストールだった。
今は、パソコンは仕事上の重要なパートナーである。
これが動かなくなった日には、かなりショックを受けるだろうし、暫く立ち上がれないだろうし、路頭に迷うだろう。今までも何度かそんな経験をしてきた。
だが、やっぱり遅かれ早かれ、そっちに移行するのは目に見えている。ってなことでVIstaってどんなんや、って事を検証。未だ良く判らない。
午後、中村征夫写真展、海中2万7000時間の旅に行ってきた。
近くで開催されているって事で、いつでも行けるって思いで、今日になってしまった。海の中ってマリンブルーと魚やその他の海の生き物の原色に近いものとのコントラストでどれを撮っても素晴らしく撮れるのかと思っていた。
私が陸上で使ってきたカメラNikonF4がメインカメラだってことだが、それに18ミリ、24ミリ、105ミリマクロってのがレンズの選択肢だそうで、もう被写体とスキンシップ状態で撮るって事が分かった訳で、どれも体当たりでの撮影なんだろうと想像した。
そして、モノクロームの一角、これが素晴らしい、中村氏曰く、モノクロームは全ての色を包含している、納得。凄い、鳥肌物。もう一度行ってみたい。
まだ行ってね人は行った方良いっす、お勧めだす。
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朝日新聞の追分専売所では週に一度オリジナルの記事を書いて、地域の行事を紹介してくれている。
A4判の両面刷りで、毎回楽しみにしている。
今朝のそれに「谷地の水」という湧水の話が載ってきた。「下新城槻ノ木に「谷地の水」と呼ばれている湧き水がある。無色透明でおいしい水である。
しかし知る人は少ない。
そばに弘法大師の祠があることから、「弘法の水」とも呼ばれている。
弘法大師には全国行脚の伝説があるが、ここにも来たらしい。ここで食事を取ろうとした時、箸がなかったので、杉の枝を代わりに使い、桜の枝を爪楊枝代わりに使ったとのこと。
その時の杉と桜が湧き水の背後に大きく成長して立っていると言う訳だ。
さて、食事を終えた弘法大師は喉が渇いた。
それで足元を掘ってみたら水が出てきた。
これが「谷地の水(弘法の水)」の伝説である」下新城槻ノ木と言えば目と鼻の先である。
50年以上住んでいるにも拘わらず、そんな湧き水、知らないぞ。
私の両親に尋ねても知らないとのこと。
そして槻ノ木町内の年寄りに尋ねても、誰も知らない。ありったけの頭を使って、谷地を検索。
ここいらの地域で谷地と言えば、上谷地と下谷地がある。
とりあえず下谷地から探索、と言ってもチャリで辺りを見渡してみるだけだ。
そして長老に尋ねても分からないとのこと。
上谷地の檀家さんに行って尋ねてようやく判明。下新城岩城の館跡は秋田城の出城だったという話は割と新しい。それ以前は山岳仏教、いわゆる真言系密教の祠が多数あったと言い伝えられていて、岩城の福城寺(本尊が虚空蔵菩薩だから間違いない)や私の所(飯縄権現像があるからこれも間違いない)もその昔は真言系寺院だったと言われている。
その昔からずーっと弘法大師をお祀りして来たとなると凄い。
それも地域の人達だけではなく割と広範囲な人達で守られてきている事は素晴らしいことだと思う。![]()
地元でも知らないことはあるなぁ。
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いやぁ、やっと当地でも夏らしい天気になりました。
とは言っても、今日は用僧で二時過ぎまで拘束。それ以降は車庫で車ならぬ原チャリの補修に勤しむ。
四時を回った頃に、女房曰く「八竜のサンドクラフトを見に行きたいんだけど」とのお誘い。
四~五年前に一度見に行ったことがある。
その時の記憶を辿って行き当たりばったりで出かけてみた。
確かユメロンの先の釜谷浜って所だったはず。割と迷わずに到着。
女房はもっと近いと思っていたらしい。
一時間強の行程である。これって、ナビのない女房の車で行った話ね、私の車には全てナビが付いている。
ナビの無い車って私としては五感の一つが無くなって運転しているようなもの。
ちょいと不自由だ。
さて、サンドクラフトって四~五年前のものより格段にレベルが上がっている。
以前の物もメインの作品は大変芸術性に富んだ物であったが、それ以外は素人のお遊びってな感じだった。
いまは、どれをとっても芸術性があって、とてもお遊びの作品とは言い難い。素晴らしい、これが近々壊されるなんて信じ難いなぁ。いやぁ、恐れ入りました。
できれば落日を拝みたかったのだが、両親を連れての行程。
特に親父は直ぐに飽きらかしてしまう、惚けの成だが。まぁ、時々こうして出かけられれば良いとしよう。
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清水寺展に行ってきた。あと三日、この週末で終わりらしい、じゃぁチャンスは今日だけじゃんってな感じで女房と二人で出掛けた、JEEPで、なんか文句ある?。
目的は勿論そこにある仏像を眺めるため、他意はないと思う、あるとすれば、この秋田に居ても京都の清水寺に行っても拝めない仏像を眺められるから。
のっけから素晴らしい仏像に圧倒される。
次の間の仏像群に「じいさんとばあさんの集団」が会場の2/3を被い尽くしている。
清水寺の人が仏像の説明をされていて、それに聞き入っている人達なだけで、別に集団ではないのだが、皆んなやけに真剣だ。
説明の端々に「ご利益」の言葉が出てくる。
この仏像には○○のご利益が有り..云々。
私は小さい頃から「神さん仏さんを拝むとき、ご利益を願って拝んじゃいけない」って教えられてきたもんだから、不可解というか、偽者って臭う。
仏像は何の罪咎があるわけじゃない、やっぱり人間に罪咎があるのだな。
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